美術品買取り専門店 夏樹美術

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夏樹美術の「夏樹通信」

~2013/11/1までの夏樹通信はこちらから

「ムンク展 -共鳴する魂の叫び」

先日「ムンク展 -共鳴する魂の叫び」を見に東京都美術館へ足を運びました。
当日は小雨が降り続いていましたが、美術館へ向かう人、出てくる人が常に行きかっており美術館が見える手前からその盛況ぶりが感じ取られました。

ムンク展 -共鳴する魂の叫び
ムンク展 -共鳴する魂の叫び
今回の目玉展示である「叫び」はムンクの代表作であり世界中でも人気の作品です。
ムンクの叫びは初作であるオリジナルのほかに画家本人によるバージョンと全部で4点あり、彼を世に知らしめた叫びは1893年に制作された油彩で、今回来日中の叫びは1910年制作と言われるテンペラ画です。
実はこの叫び、2004年に同じく彼の代表作の一つである「マドンナ」とともに盗難にあっています。
2006年に無事に見つかりますが盗難による損傷が激しく修復家たちの懸命の努力により完全とはいきませんでしたがこうして展示可能な状態にまで回復されたという激動の歴史を潜り抜けてきたという一品です。
(実は一番初めに描かれた叫びも盗難の憂き目にあっています)

ムンク展 -共鳴する魂の叫び
ムンク展 -共鳴する魂の叫び
ムンクは大人になるまでに愛する家族の死を経験し、自分自身も不安神経症や被害妄想の中で苦しんでいました。
「叫び」は誇張でもなんでもなく彼の恐怖を直情的に描いた作品で100年以上前に描かれているとは思えないほどみずみずしく襲い来る苦しみと息苦しさと不安を見るものに与えます。
画家になり「叫び」をきっかけにノルウェーを代表する作家となった彼ですが、45歳の時についに自分から精神科へ入院、心身の健康を取り戻します。
ところが彼をむしばんでいた不安の中から生み出されていた、人々の心をとらえて離さない高い芸術性はその不安が消えるとともに姿を消してしまったようで、81歳で亡くなるまで高い評価を得られるような作品はついに生み出されることはありませんでした。
しかし彼自身の人生の幸福を考えるのならむしろその選択は正しかったのだと思います。
そのまま芸術性をとっていたらおそらく早くにその命を散らしていたことでしょう。

苦しみは生きている人間から決して消えることのない感情で、誰にも完全に理解してもらうことは不可能です。
叫びをはじめとする彼の作品からはその苦しみが滲み出ており、もがき苦しんでいるのが自分だけでないという不思議な安心感が得られるのかもしれません。

しかし、平日の雨の日とはいえあの美術館の混雑っぷりには本当に驚きです。今の日本人には芸術を愛でるという気持ちのゆとりがある方が多いのでしょう。本当にうれしいことですね。

ムンク展 -共鳴する魂の叫び
ムンク展 -共鳴する魂の叫び
(夏樹美術スタッフ H)


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2018/12/11
五・一五事件と犬養毅

先日5月15日は五・一五事件の起こった日ということで永田町周辺の当時の現場付近を散歩しました。1932年(昭和7年)の当時の面影を追います。
まず行ったのは首相官邸です。首相官邸を目指して歩いていたので見つけた時に思わず「ここか・・」と言って一瞬立ち止まったら警備中の警官に「今日はどちらへいかれるのですか?」と声をかけられました。
事情を説明して写真を撮らせてもらいましたが、ここはいつでもピリピリとしたムードが肌に突き刺さるようです。

五・一五事件と犬養毅
五・一五事件と犬養毅
五・一五事件で殺害されたときの総理大臣犬養毅は号を木堂に持ち、書道家としても評価が高い。
頭山満と共に中国歴遊、辛亥革命前後に交流のあった康有為梁啓超らを援助したり、1911年には亡命中の孫文を生家にかくまったり、1929年には亡命中の蒋介石を庇護したり、書家呉昌碩による自用印を使用するなど非常に親中派の人物でした。
教育においては東亜同文会会員で、神戸中華同文学校や横浜山手中華学校の名誉校長も務めました。

五・一五事件と犬養毅 蒋介石らと  (Wikipediaから転載)

康有為、梁啓超が亡命時に日本に駐在した千代田区平河町の三橋旅館は今は住友不動産のビルに、
孫文が逗留していた同じく平河町の片山栄次郎宅などもビルが建っていて、共に当時の面影は全くありませんが、歩いていける距離に日本の政治の真ん中があり、犬養毅ら自分たちにとっての庇護者のおひざ元でありと、場所柄孫文、康有為、梁啓超らにとって立地が良かったことはよくわかります。

五・一五事件と犬養毅
五・一五事件と犬養毅
次に向かったのは五・一五事件の時に襲撃にあった立憲政友会本部と三菱銀行跡です。
立憲政友会本部は現在の東京電力本社となっていてこれもまた当時の面影は全くありません。
三菱銀行跡は現在は三菱一号館美術館となっています。
この建物は明治時代に日本で活躍した建築家、ジョサイア・コンドルにより建てられた三菱一号館を復元した建物として当時の雰囲気を醸し出してくれます。

五・一五事件と犬養毅
五・一五事件と犬養毅
手元に犬養毅の手紙があります。逓信大臣時代に鮭二尾を贈られたことに対するお礼です。
三行と短いものですが、直々に筆を執り、書かれたお礼の手紙は犬養毅の人柄が偲ばれます。

五・一五事件と犬養毅
五・一五事件と犬養毅
(夏樹美術スタッフ H)


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2018/05/28
ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界

先日社長と中華料理後楽園飯店で昼食をとって会社へ歩いて帰ろうと思った矢先、東京ドームシティ内で「ねこ画展」をやっているのを見つけました。

ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
出展作家はおかべてつろう、くまくら珠美ら漫画家やイラストレーターをはじめとする最近人気の高い絵師さんなので、逆に肩ひじ張らず楽しんでみることができる内容でした。

ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
ネコというのはペットとしての歴史も非常に古く、昔から歌川国芳、月岡芳年、葛飾北斎、藤田嗣治、熊谷守一、川合玉堂、尾形光琳、竹久夢二とざっと並べてみても古今東西、画法を問わず多くの絵師たちに好まれて描かれてきた身近な存在でもあります。

夏樹美術でも新作の油絵等で猫題材を取り扱うことがありますが、世にあまり知られていない作家でも猫コレクターの目に留まることがあるくらい、猫は人間にとってまさに愛玩動物なのだと思います。

ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
展示してある作品の中にはくまくら珠美のように猫と飼い主との日常を描いたイラスト、高原鉄男のように洋服や雑貨によく用いられているアーティストや目羅健嗣のように名画の中に猫を忍び込ませた作品など、作家によって猫という一つの題材でも非常に幅が広く、猫好きには思わずふふっと笑いが浮かんでしまう作品がたくさんありました。

ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
我が家はもともと代々犬を引き取って飼ってきたのですが、ここ昨今なぜか子猫を保護して猫飼いになりました。
猫はおよそ犬とはまた違った不思議な魅力があり、そしてなぜか犬を飼っていたころに犬グッズを集めるようなことはなかったのですが、猫を飼いだしてから猫グッズをなんとなく買ってしまうようになりました。

今回の「ねこ画展」も、中にいるほかの来訪者も何となく猫の飼育経験があるんだろうなという方が多かったように思います。
私も毎日心地いい距離感で猫の気まぐれと付き合っています。それは昔の人も現代の人も変わらずに持っているある種心の余裕、特別な領域なのかもしれません。

ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
ねこ画展 ねこ画から生まれた愛おしい世界
(夏樹美術スタッフ H)


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2018/05/24
生誕150年 横山大観展

前回のブログの予告通り、先日現在東京国立近代美術館で開催されている「生誕150年 横山大観展」に行ってきました。

生誕150年 横山大観展
横山大観は画家として開花し、活躍した期間がとても長いので様々な年代の作品を多く楽しむことができます。

生誕150年 横山大観展
今回私が楽しみにしていたのは、目玉ともいえる生々流転や画家人生の中でも数多く描かれた富士の絵の数々でしたが、それだけではなく紅葉や夜桜などの屏風絵もそれはそれは美しく色鮮やかで、目にいい栄養をいただけました。

彼の絵の多くが前回訪れたあの家のあの部屋で、あの筆で、あの硯で、あの墨で描かれていたのかと思うと、横山大観がその絵を描いている様子が目の前にありありと浮かぶようです。

今回展示されていた彗星というハレー彗星が地球に接近した時の水墨画を見ていたら前回ハレー彗星が接近した時のことを思い出しました。
まだ小学生だった私を母がなるべく水平線に近いところが見える山の切れ目に連れて行ってくれたのですが、街の明かりが明るいし全然何も見えなかったという思い出です。以来、ハレー彗星をもう一度自分の目で見るのは私の大きな夢の一つでもあります。横山大観と私は作品をもって時空を超えてリンクしたのです。

生誕150年 横山大観展
数ある作品の説明の中の一つに「この作品は横山大観が朱舜水の貴重な墨を用いて描かれています」とあり、その墨そのものを見て知っていることに少し優越感もあります。
横山大観は宮家から依頼された富士の絵を描くときにこの墨を用いることを決めたそうです。
茨城県(水戸藩)出身の横山大観が水戸様から頂いた、水戸藩に水戸学をもたらした重要人物である朱舜水の墨と、その水戸学の思想が幕末に尊王攘夷へと昇華していき、明治維新をもたらしたこと、宮家、日本にとっての象徴的存在でもある富士山と、様々な事柄が横山大観の手のひらで転がされているようにも見えます。(もちろん横山大観はそんなことは考えていなかったでしょうが)

生誕150年 横山大観展
そして生々流転。ただただ静かな絵です。全長約40mの中に一粒の雨が大きな河となり海にそそがれ天に昇り雲になるという、水の一生に人生を重ねた作品です。
横山大観がこの作品を描いたのは55歳という、まだまだ画家としては中間地点のころでした。
墨だけで描かれているとは到底思えない雨や河や海、雲のみずみずしさ、ところどころ描かれる人々の暮らし、緑豊かな山々。
脂の乗り始めた画家の人生観だけでなく持てる技量のすべてが作品の中に納まっています。

以前呉昌碩展を見に行った時にも感じたのですが、芸術家として長く活躍している作家はその時代時代での作風を堪能できる楽しみもあり、作家の人となりそのものが常に人々に愛されているような気がします。
横山大観展を見ると人間としての横山大観がいかに大衆に愛されているのかがよくわかりました。

生誕150年 横山大観展
(夏樹美術スタッフ H)


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2018/05/09
東京都台東区池之端 横山大観記念館

先日上野不忍池に面する横山大観記念館へ足を運びました。
現在東京都近代美術館で開催されている「生誕150年 横山大観展」を見に行きたいと社長と話をしていたところ、横山大観記念館もいい場所だからついでに行ってみればという話になり前哨戦として訪れたのです。

東京都台東区池之端 横山大観記念館
横山大観は明治41年に池之端のこの地に住み始め、昭和20年の東京大空襲で焼失した大観邸を昭和29年に自らの強い希望でほぼ旧態に再建したそうです。
そのたたずまいは現在の東京の中でもただならぬ存在感を放っていました。
入口はそのまま玄関を利用しているのですが、横山大観のお宅にお邪魔するような気分になり、気持ちも自然と高揚しました。

東京都台東区池之端 横山大観記念館
中は美術館のように所狭しと横山大観の作品が並んでいるわけではないのですが、愛用の筆や硯、墨などの道具が当時横山大観が制作作業をしていた時のように再現されて置かれていました。
使い込まれた筆から巨匠の作品が生み出されたのかと思うとそれだけでもとても尊いものに見えてきます。

東京都台東区池之端 横山大観記念館(画像は「足立美術館所蔵 横山大観」から)

玄関入ってすぐのところに本人が使用していた色鉛筆のセットも置いてありました。
とても丁寧に削られた色鉛筆ですが、特に黄緑色が他の色と段違いに短く、使い込まれている様子がうかがえました。
風景画をよく描いていたのでしょうか。道具一つからもいろいろなものが見えてきます。
1階の鉦鼓堂からは庭園がとてもよく望め、畳に正座して右を見て初夏の庭園、左を見て重要文化財に指定されている「木造不動明王立像」ととても贅沢な空間を味わうことができました。

東京都台東区池之端 横山大観記念館
1階に再現されている横山大観の制作風景の様子に置かれている巨大で分厚い毛氈は一部フエルトが削れており、おそらくそこに肘を当てていたのだろうとかつての巨匠の制作の様子を想像します。
2階には富田渓仙にあてた手紙や、戦後の復興の願いを込めて描かれた「或る日の太平洋」、横山大観自らが買い求めた富田渓仙作の「祇園夜桜」が展示されています。
自然光を利用して製作を行っていたという部屋には外からの光が現在もよく差し込み、窓の外には不忍池も見られます。これはまさに当時横山大観が見ていた景色です。

東京都台東区池之端 横山大観記念館
横山大観記念館に今回置かれていた作品は水墨画が多かったのですが、不思議なことに見ているとだんだんカラーに色彩が表れてくるのです。
人間の脳がそう色補正しているのだということはわかるのですが、とても不思議な感覚でした。
そうしたら水墨画の世界ではもともと「墨に五彩あり」といって墨の濃淡の書き分けから色彩を感じ取るのが当たり前だったのですね。
今回は記念館でも「墨に五彩あり」展として展示をしており、私はまんまとその術中にはまってしまったようです。

驚いたことは横山大観が大事に所有していた墨はなんと朱舜水のものだそうです。
以前の夏樹通信「文京区小石川後楽園」にも書きましたが、朱舜水は水戸藩に仕えた中国明末清初の文人です。
横山大観が中国の古墨を使って、全長40m余りの巨作水墨絵巻「「生々流転」を描いたそうです。
次回はこの名作が展示されている東京近代美術館の横山大観展の様子を送ります。
(夏樹美術スタッフ H)


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2018/04/26
文京区立森鴎外記念館

昨日森鴎外の居住地跡でもある「文京区立森鴎外記念館」へ足を運びました。
買取り等で夏樹美術までの道行き上通ることの多い文京区の本郷周辺ですが、以前より通るたびにカーナビにちらっと覗くこの場所が気になっており、ようやく暇を見つけて訪れることができました。

文京区立森鴎外記念館
文京区立森鴎外記念館
森鴎外は以前夏樹通信に登場した夏目漱石と同時代の偉大なる文豪であり、まさに今回私は文人交差点に足を踏み入れたのでした。

文京区立森鴎外記念館
文京区立森鴎外記念館
文京区立森鴎外記念館
森鴎外記念館は明治25年に夏目漱石居住地であった通称「猫の家」から移り住み、その後森鴎外が大正11年に没するまでの間約30年間住み続けた「観潮楼」の跡地に建てられたものです。
今でも出入り口の敷石や中庭の大いちょう、その根元に置かれた大石などは森鴎外が住まっていたころからそのままになっており、当時をしのぶことができます。

文京区立森鴎外記念館
藪下通側の出入り口にはめ込まれた「観潮楼址」の文字は歌人佐佐木信綱によるもので、庭園通路にはめ込まれた詩碑「沙羅の木」は永井荷風が書いたものであったり、庭園に置かれた通称「三人冗語の石」と呼ばれる大石は雑誌「めさまし草」で文芸批評を行った森鴎外、幸田露伴、齋藤緑雨の三人並びその前で写真を撮っていたりと、森鴎外という文人が今だけでなく当時もいかに偉大で多くの著名人に慕われていたのかがよくわかります。

また、今回の特別展示となる「鴎外と旅する日本」では公務で日本中を旅する森鴎外が公務の合間に文豪としての目で各地を見て回り、それがのちに「高瀬舟」や「安部一族」の舞台となってゆくという森鴎外の作品の背景がわかるようになっています。
さらに子供たちあてに頻繁に送った手紙も展示されており、彼がとても子煩悩な一人の父親であることがうかがえ、文豪から切り離された一人の人間としての森鴎外がしのばれます。

東京大学医学部卒業、陸軍軍医総監、小説、戯曲、詩歌の創作、翻訳家、評論家など、才能があふれるがゆえに期待され、成果を求められることが多い生活の中で森鴎外が本当にほしいもの、やりたいことを選び取って突き進むことができなかったことで悩み苦しみ、そしてそれは彼の世界観として小説の中にちりばめられていることを知り、多くの成功を収めているような人でも多くの苦しみがあり、その人間臭さが今も人々をひきつけてやまない理由なのかもしれないと思いました。

私は子供のころに横浜市に住んでおりました。
森鴎外といえば舞姫くらいしか思いつかない時分に実は小学校で散々歌ってきた「横浜開港の歌」(横浜市の公立の学校などでは卒入式や開港記念日など事あるごとに開港の歌を歌うので、横浜市民にとっては思い入れがある歌です)が森鴎外作詞であることを知って、自分の身近に偉大な文豪がいて非常に驚いた思い出があります。

森鴎外記念館を出て本郷通りを目指して歩いていきますと、何となくだんだん見覚えのある道になっていき、根津神社の前に行き当たりました。
なるほど、夏目漱石の居住地であった西片町の家と観潮楼の間の辺りに根津神社はあって、二人の文豪が散歩がてら道端でばったりなんてこともあったのかもしれないと妄想も膨らみます。

そこから本郷通りに出て東京大学農学部前を通ったので、ついでに以前東京大学農学部教授であり忠犬ハチ公の飼い主でも知られる上野英三郎博士の銅像を見た時に守衛さんがくださった上野博士とハチ公のシールが以前はバレンタインデーバージョンであったものが今回はこどもの日バージョンに代わっていたのでまたまたいただいてきました。

夏樹美術よりぐるっと回って数時間の範囲に、誰でも知っている偉人がかつてもそして今も息づいている文京・千代田区。
今後もこの場を通じて皆様にご紹介できればと思います。

文京区立森鴎外記念館
文京区立森鴎外記念館
(夏樹美術スタッフ H)


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2018/04/18
竹彫展 日中友好会館美術館

小石川後楽園の隣に日中友好会館があります。館内にある美術館で 「上海 現代竹彫刻 精品展 ~竹彫刻で見る中国匠の魅力~」(現在は終了しています。)を鑑賞してきました。
この催し物は日中平和友好条約締結40周年の記念事業の一環です。

竹彫展 日中友好会館美術館
上海嘉定と江蘇金陵地域の竹彫が一番盛んな時期は明朝末だそうです。
今も昔と変わらず竹彫職人がさまざまな技法を駆使し筆筒、腕鎮、硯屏など書道文房具、香筒、如意など香道、仏具を芸術性に富んだ作品まで彫り上げています。
竹彫匠の魂が入った作品を見入ってしまいました。

竹彫展 日中友好会館美術館
竹彫展 日中友好会館美術館
竹彫展 日中友好会館美術館
竹は古くから日本にも存在しており、それこそ竹取物語でも翁は野山に入って竹を取り様々なものを作っていたというくだりが冒頭にも描かれているように日本人も竹を利用していたわけです。

竹彫展 日中友好会館美術館
私が時々眺めているこの竹彫腕鎮は実に味わい深く見飽きません。

竹彫展 日中友好会館美術館
(夏樹美術スタッフ H)


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2018/03/19
文京区小石川後楽園

先日、心地良い春風に吹かれながら、神田神保町から文京区小石川後楽園へと散策してきました。

文京区小石川後楽園
小石川後楽園は水戸黄門でおなじみの徳川光圀が水戸藩江戸上屋敷の庭を拡張して造り上げた庭園です。
水戸偕楽園よりも200年古いのであります。
後楽園の「後楽」は中国の名著「岳陽楼記」にある「先憂後楽」から由来するそうです。
光圀が重用した清朝末に日本に逃れた明朝の文人朱舜水の「(君主)は世間の人々の楽しみを先にし、自分はあとで楽しむこと」の進言によって命名したそうです。

文京区小石川後楽園
庭園の中に、木曽川、大泉水、渡月橋など日本の名所と蓬莱島、得仁堂など中国の名所が設けられ、小さな諸国漫遊ができるような趣向が凝らされていました。

文京区小石川後楽園
文京区小石川後楽園
文京区小石川後楽園
徳川光圀の「大日本史」編纂に朱舜水も参加しており、朱子学と陽明学の折衷思想を持つ朱舜水は光圀に大きな影響を与えたことはこの後楽園の造園法からも窺えます。
儒学思想に国学、史学、神道が融合された水戸学は江戸後期には尊王攘夷へと更なる発展を遂げ、ついに明治維新が起こり、ここから近代日本が幕開けとなるのです。

文京区小石川後楽園
現在の後楽園からも江戸初期の名残の風景とともに近代日本の象徴の一つでもある東京ドームが見え、江戸と東京のコラボレーションに不思議な気分にさせられます。

文京区小石川後楽園
光圀が愛した梅林で咲く梅を見ながら、ふと中国の水墨画の梅林の中に入ってしまったようなそんな気分になりました。

文京区小石川後楽園
中国の画家董寿平と日本の書家村上三島の合作「梅」

(夏樹美術スタッフ H)


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2018/03/16
熊谷守一 ~生きるよろこび~ 大回顧展

熊谷守一の絵といえば、真っ先に猫の図を思い浮かんできます。
茶色の画面に簡潔に直線と曲線で輪郭づけられたうつ伏せの白い猫が寝ています。
実に穏やかで、見る者も幸せな気持ちになります。

熊谷守一 ~生きるよろこび~ 大回顧展
先日、神田神保町から近く竹橋の東京国立近代美術館で現在開催されている「没後40年 熊谷守一 ~生きるよろこび~」大回顧展へ行ってきました。
一切の無駄をそぎ落とし対象の本質をとらえた画法、熊谷守一様式が私たちを魅了します。
97歳という長寿を全うするまでに画家として非常に多くの絵を残しており、回顧展では各年代における彼の画家という人生を時系列でみることができます。

熊谷守一 ~生きるよろこび~ 大回顧展
熊谷守一 ~生きるよろこび~ 大回顧展
写実画からスタートして熊谷守一様式が確立されるまで実に様々な題材で描かれた作品を見て、彼が終生画家としてテーマにしてきたのは「光と影」「生と死」であるのかなと感じました。

光と影については東京美術学校(現東京芸術大学)に在学中に描かれた写実画からも試行錯誤して追い求めていたことが、やや暗めの肖像画の輪郭のコントラストがドラマティックに表現されていることからもわかります。
のちにこの表現は極限まで切り詰められ、線と面とで簡潔に描かれた守一様式へと昇華されていくのです。
人間の目はもともと物を立体的にとらえることができるようになっているので、ともすると幼子が塗り絵を塗ったように見える守一様式の絵も奥行きが感じられるようにみえ、見つめていると絵が揺らいで動いているように見えてくるのもすべて彼の計算だったように思えます。

生と死に関してはのちに彼が「生きていることが好き」「いつまでも生きていたい」と語ったことから彼がすべての生を愛おしく思い生き生きと描いていることからもよくわかりますし、自身の子「陽(よう)」が亡くなった時に亡くなった子を描いた「陽が亡くなった日」、結核で寝込んでいた「萬(まん)」を描いた作品と亡くなった後子どもたちとともに骨壺を持って歩く様子を描いた「ヤキバノカエリ」、若い時に轢死体を見た時に描かれた「轢死」から生と真逆の死を常に意識していたことが実に生々しく感じられます。

熊谷守一の絵の最大のコレクターは美術収集家の木村定三でありました。
木村定三コレクションには中国の古美術品もあるようです。
熊谷守一の絵と中国の古美術品に両方惹かれた理由は故人に聞いてみたいものです。

(夏樹美術スタッフ H)


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2018/02/23
夏目漱石と文京区 2

今日はお客様のお宅の訪問買い取りを終え、寄り道して文豪夏目漱石のゆかりの地を散策してきました。

夏目漱石と文京区
英国留学後に初めて住まった「猫の家」を目指して歩く本郷通りの道すがら、彼が教鞭を執った帝国大学(東京大学の前身)、第一高等中学校(東京大学教養学部の前身)に立ち寄り、ちょうど漱石と時を同じくして農学部で教授をしていた上野英三郎博士と忠犬ハチ公の約90年ぶりの再会に立ち会うことができました。

夏目漱石と文京区
夏目漱石と文京区
夏目漱石と文京区
そこからさらに10分ほど先へ行き、ようやく「猫の家」を発見しました。
説明書きの向こうの塀の上に100年ほどの時を超え、かの文豪の飼い猫の石像がピンとしっぽを伸ばしてお出迎えです。
その先の根津神社の中には通称「文豪憩いの石」と呼ばれる平らな石があり、かつて森鴎外や夏目漱石が腰かけて想を練ったそうです。
何を見つめるでもなく自らの頭の中の文字を深く追い求め石のように動かない彼らの姿が目に浮かぶようです。

夏目漱石と文京区
夏目漱石と文京区
夏目漱石と文京区
夏樹美術へ戻る方向へ今度は白山通りを歩いて夏目漱石二番目の借家である「西片町の家」を目指します。
ここは夏目漱石をはじめ、樋口一葉、二葉亭四迷ほか数々の文化人、医者、大学教授などが住んでいたため当時から学者町として知られていたようです。
彼がこの地を去って2年後に夏樹美術がお世話になっている神田神保町、内山書店とも縁深い魯迅(周樹人)と弟周作人(作家、翻訳家)が、敬愛する夏目漱石の残り香を求めるかのように同じ家を借り「伍舎」と名付け住んでいたそうです。

夏目漱石と文京区
夏目漱石と文京区
夏目漱石と文京区
本当に狭い範囲での散策でしたが、行く先々に何かしらか目印があり、ちょっとした宝物探しをしているようで本当に楽しいひと時でした。
夏目漱石と、彼と同じ時代に生きていた著名人の足跡をたどりながら当時の風を感じることができました。

(夏樹美術スタッフ H)

追伸:わが家の小皇帝 太郎と二郎 吾輩は猫である。

夏目漱石と文京区
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2018/02/15
夏目漱石と文京区

夏目漱石と文京区
今日は「平成29年度 文京区企画展 ~漱石とぶんきょう ただやるだけやる而已(のみ)に候~」展を見に文京区シビックセンターへ足を運んできました。
平成29年は文豪夏目漱石生誕150年の節目に当たり、2/5~2/11までの短い期間の展示ということもあるのか展示室は来訪者がたくさんいらしゃいました。
この企画展では主に夏目漱石が文京区で暮らしていた時代の前後に焦点を当てたパネル展示が中心となります。

夏目漱石と文京区
夏目漱石と文京区
夏目漱石が文京区に居を構えていたのはイギリス留学から帰国後の明治36年から40年までの4年間という短い時間でしたが、その間に東京帝国大学での教鞭、「吾輩は猫である」の執筆を経ての職業作家への転身と文豪としての彼の歴史の大きな転換期を迎えています。
通称「猫の家」と呼ばれる帰国後に住んでいた住居はかつて森鴎外が住んでいた家で、その後数々の創作活動が行われた西片町の住居はのちに魯迅が住んでいたりと、様々な文化人が入れ代わり立ち代わり足跡を残していった文京区ならではの解説に、ふと当時の空気を吸ったような気分になりました。

夏目漱石と文京区
夏樹美術は実に130年ほど続く本の街神田神保町すずらん通りの中にあり、文京区もお隣ということもあって、夏目漱石の軌跡を通じて様々な文化人たちが、かつてもそして今もこの街を闊歩していたのだなと思うだけで胸がわくわくしてしまいます。
いい機会なので次は少し足を伸ばして文京区最初の借家であった猫の家と二番目の借家であった西片町の家を散歩がてら尋ねてみようと思います。

夏目漱石と文京区
今回のこの漱石展との出会いを皮切りに、かつての文化人たちが立ち寄ったであろう現在も残る史跡に足を運んで皆様に、この場を通じてご紹介できればと思います。

(夏樹美術スタッフ H)


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2018/02/12
「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」

東京は暦通り三日前に、大寒らしい瑞雪が降りました。立春の2月3日まであと一週間ほどですが、早く寒波が過ぎ去って、暖かくなってほしい今日この頃です。
年の初めは恒例になりましたが歌舞伎を観に行ってきました。
今年は歌舞伎座開場130年、高麗屋三代同時襲名のめでたい年です。
松本白鸚 松本幸四郎 市川染五郎 襲名披露 「寿 初春大歌舞伎」の提燈や垂幕が歌舞伎座を一層賑やかにしています。
「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
歌舞伎座内は伊東深水、上村松園、奥田元宋など画伯の作品が近くで見られるので、毎回楽しみです。

「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
緞帳は画家 松尾敏男、中島千波、上村淳之の原画を元に織られました。

「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
舞台の記録は録画などで残せますが、役者と客と共有したその場の雰囲気は表現者と観覧者の脳裏にしか残せません。嘗ての大歌舞伎役者が描いた絵画や書を見ながら、いつも往年の名優はどのように演じたか想像を巡らせています。

この掛け軸は大正から昭和初期の歌舞伎を代表する役者15代目市村羽左衛門の「春駒」です。
この可愛らしい「春駒」はさすが美男子「花の橘屋」と称された15代目羽左衛門の作品だと思いました。

「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
掛け軸の箱の字も羽左衛門直筆であります。

「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
掛け軸の表装も上品ですね。

「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」
ちなみに二月大歌舞伎も高麗屋 松本白鸚 松本幸四郎 市川染五郎 襲名披露 です。一番目の演目は「春駒祝高麗」となっていますので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

「寿 初春大歌舞伎」と市村羽左衛門の「春駒」


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2018/01/30
日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演

先日、日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演を観に行ってきました。
九年ぶりとの事です。

日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演
新宿文化センター大ホールは日中友好の雰囲気に包まれ、その若さ溢れる演奏に聴き入りました。
また、日本を代表するテノール歌手城宏憲さんと女子十二楽坊とのコラボ、「花は咲く」の曲を聞き終わった時、心と身体が暖かくなり、まるで春の陽気の中にいる様でした。

日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演
音楽は美術品と同様、私たちの心に響く芸術文化であると思っています。

歴史を紐解いてみますと、古くから中国の書、絵画など美術品を好む日本の貴族文化は、中国明朝の音楽と楽器もこよなく愛され、広く受けられ、そして伝承し続けてきました。
例を挙げますと、長崎に渡来した明朝魏之琰の子孫魏君山、鉅鹿民部規貞は姫路藩主雅楽頭酒井忠恭に抱えられ、明楽を広め、「魏氏楽譜」を刊行しました。

日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演
また、明朝からの渡来僧東皐心越は水戸藩の徳川光圀に仕え、古琴を日本に伝えました。

日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演
さらに、紀州藩主徳川治宝によって収集された中国明朝と清朝の笛などは紀州徳川家伝来楽器コレクションとして伝えられています。

日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演
日中国交正常化45周年記念イベント 女子十二楽坊 日本公演
今後も日中国交正常化45周年記念の関連行事に参加する機会がありましたら、お伝えいたします。


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2017/12/04
太田記念美術館 葛飾北斎と応為の浮世絵展

先日JR原宿駅より徒歩5分の距離にある太田記念美術館で公開中の「葛飾北斎冨嶽三十六景」を見に行ってきました。
館内は平日の午後であるにもかかわらず訪れた人たちでにぎわっており、静かな興奮で満たされておりました。

太田記念美術館 葛飾北斎と応為の浮世絵展
太田記念美術館 葛飾北斎と応為の浮世絵展
この作品群から北斎が使用し始めたベロ藍の深い藍色に引き込まれ眺める浮世絵は時にダイナミックな迫力をもって、時にダイナミックな嘘をつき今なお我々を大いに楽しませてくれます。

どの時代のエンターテインメントをも凌駕し人間の根っこにある楽しみを満たしてくれる北斎はまさに稀代の天才。
そして数々の浮世絵から伝わってくるのは天才の作品を百パーセントの状態で楽しんでもらえるように陰で支える、名もなき彫師と摺師のとてつもない緊張感であり、時代を超えて愛される芸術作品は生み出した人々が亡くなってもなお生まれたての赤ちゃんのように生き生きとしていました。

そして私が今回とても楽しみにしていたのは北斎の娘葛飾応為画「吉原格子先之図」。

太田記念美術館 葛飾北斎と応為の浮世絵展
先日NHKでドラマ化された「眩(くらら)~北斎の娘~」に合わせて二年ぶりの特別公開となります。

師であり父である北斎が線と円でこの世を描く天才なら応為は光と影でこの世を描く天才でした。
絵を鑑賞している我々も吉原の花魁を照らし出す光に引き込まれ、格子の外側から見ている人々と同じ視線で花魁を見ているような気分になります。
まさにこの親にしてこの子あり。
娘応為も師の北斎とはまた違った魅力の作品を生み出す天才でした。

その作品の隣には北斎の肉筆画、「源氏物語図」があり、それもまたち密に計算されつくした構図が美しくぐっと物語に引き込まれてしまいます。

天才親子の競演はとても素晴らしく、私は吸い込まれすぎて手前のガラスにぶつかりそうになりました。
よく見ればガラスにはいろいろな高さのところに指先ほどの丸い汚れが点々と付き、しばらくしてそれが引き込まれすぎた人たちの鼻がくっついた跡だと気づきました。
どうやら魅了されすぎてしまったのは私だけではなかったようです。

朝夕と少し肌寒さを感じ、夜鳴くは秋の虫たち。芸術の秋到来です。

今月はあと東京国立博物館で開催中の「運慶」展、上野の森美術館で開催中の「怖い絵」展とたくさんの美術品たちに埋もれてくる予定です。


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2017/10/15
「春日大社 千年の至宝」

冬の道の先は梅園に続く 梅の甘い香りに春が近づく

春日大社 千年の至宝
春日大社 千年の至宝
春日大社 千年の至宝
昨日は「春日大社 千年の至宝」を見に行ってきました。
赤糸威(おどし)大鎧(よろい)の鮮やかなあかね色と鍍金の金物のコントラストが私の脳裏に焼き付いて離れません。
彫金技術によって金色の竹林に雀が遊ぶ姿や、竹の下に虎が佇む姿は生き生きと表現しています。

春日大社 千年の至宝
春日和に先人が残してくれた絵画、仏像、甲冑など美術品に触れたことで心も温かくなりました。

(夏樹美術スタッフ N)


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2017/03/10
中国の書家 董其昌

東京国立博物館東洋館では中国明時代の書家董其昌を特集した展覧会が開催されています。
董其昌は書家でありながら文人画家そして鑑定家、収集家としても造詣深く、その書画は清朝の康煕帝や乾隆帝にも愛好され、清朝そして中国書画の流れに大きな影響を与えました。

中国の書家 董其昌
中国の書家 董其昌 (董其昌の書 掛軸)

余談ですが、董其昌の師莫如忠は進士から浙江布政使まで昇進した官僚です。
その子の莫是龍は董其昌の兄弟子でしたが、科挙に落第し、仕途に就くことが出来ませんでした。
晩年、貧困生活のうちに歿したと言われています。
しかし莫是龍も董其昌同様優れた書画作品を後世に残しました。

中国の書家 董其昌 (左:莫是龍の書 掛軸/右:陳継儒の書 掛軸)

董其昌は翰林院編修から皇太子の教育係、湖広提学副使、そして南京礼部尚書(南京の文部大臣)まで明の朝廷に仕えました。
しかし、董其昌生涯の唯一の親友である陳継儒は宮廷の度重なる招聘を固辞、29歳時に草庵に隠居、生涯仕官することなく、布衣生活を貫きました。
陳継儒も書家でありながら墨竹、山水画もよく描きました。

日本では書家をはじめ多くの文人墨客は董其昌、莫是龍そして陳継儒の書画作品をほかの中国書画と同様に愛し、たくさん収蔵してきました。
中国美術品を継承することにおいては多大な貢献であると思います。

(夏樹美術スタッフ N)


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2017/01/21
平安の秘仏 大観音仏像

平安の秘仏 大観音仏像
元日や上上吉の浅黄(あさぎ)空(ぞら)

俳人小林一茶俳句です。

正月2日に毎年恒例になりましたが東京国立博物館に行ってきました。
幸せなことに、「平安の秘仏」特別展が会期延長で、十一面観音菩薩像を拝むことが出来ました。
高さ3メートルにも及ぶ仏像です。
手を差し伸べれば抱きしめてくれそうな慈悲に満ち溢れた大観音様です。
普段は東京から遥か遠い滋賀県甲賀市の天台宗古刹櫟(らく)野寺(やじ)に秘仏として安置されているそうです。

この観音様に初詣できたことで今年は大吉の良い年になるような気がいたしました。

平安の秘仏 大観音仏像
(夏樹美術スタッフ N)


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2017/01/17
竹筒からの文書一枚 日清貿易と漂流民

江戸時代の漂流民というと、大黒屋光太夫と高田屋嘉兵衛が有名ですが、長崎と中国清朝の貿易船に関する資料を読みますと、かなり多くの日本の漂流民が中国の貿易船で帰国を果たしているようです。
これは中国清朝道光3年(1823年 文政6年)長崎行きの貿易船寧波の船主楊啓堂が書いた文書です。
この文書からは、中国清朝から長崎への貿易船に日本の漂流民を乗船させ、帰国させたことが示されています。
鎖国の日本でありながら、長崎を通じて幕府の目の及ばないところで中国人と日本人の海域交流がスムーズに出来ていたのではないかと読み取れます。
さらに、日清貿易によって人の交流、文化の交流も盛んだったと思われる文書です。

竹筒からの文書一枚 日清貿易と漂流民
内容はあらましこのような文章ではないかと思います。

本船は11月24日に乍浦から出発し長崎行き貿易並びに貴国(日本)漂流商民三人を護送する船であり、本船共計百十六人。
風不順のため、正月初朔日に貴地口外(港だと思います。)に寄港、しかし風と浪強く、不測事態の恐れがあり、遠い長旅異常に苦しい疲れを考え、速く大頭に申し上げた次第です。
大きい船を内奥に暫く奉進寄掟し、長崎へ再行奉進します。小船を準備することを伏してお願い致します。
また、食料を給付することも望みます。すべての事がくれぐれも遅れないよう取り計らえた事に感謝いたします。
道光三年 初二日 寧波船主 楊啓堂 竹筒有呈一張

(夏樹美術スタッフ N)


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2016/12/25