中国美術とは

中国美術には、絵画・書道・茶器・文房具等をはじめとした様々な分野があり、尚且つ時代によってその様式も異なります。ここではそれら中国美術について解説していきます。

中国美術:絵画(古画/近・現代画)

中国絵画といってもジャンルも様々でその時代によって作風も大きく変わります。
ここでは中国絵画を大まかに分類して各時代においての作家と作品をご紹介します。


中国美術:仏画

仏画とは、仏教を題材とした絵画のことで、寺院の壁画、絹、紙、板に描いた絵画、版画等を含みます。
インド、東南アジアに始まり中央アジア、中国、チベット、朝鮮、日本と仏教が布教した様々な国で見ることができます。

中国美術:山水画

中国絵画には山水画、花鳥画、人物画、仏画などがあるが、長い中国絵画史のなかでも特異な位置を占めるのが山水画である。
宋時代以降、文人画家による中国の伝統的に老荘思想に基づく隠逸への志向が山水画の隆盛に大きく影響する。
山水画には山や川だけでなく、人物や楼閣が描かれる。
そうした人物の多くは旅人や、独り舟を浮かべる漁師、あるいは世俗を離れて生活している隠君子である。
画中に描かれる楼閣は、画中の道を歩む旅人の向かう目的地と、そこでの風雅な生活を暗示している。
山水画に描かれる漁師は単なる労働者ではなく、隠者を暗示しており、彼らの自由な境地を表している。
文人たちにとっての山水画とは、単なる風景画ではなく、彼らが理想とした、俗世間を離れた理想郷を表したものであった。

山水画宋の時代

宋時代になると唐時代までの絵画の主流であった人物画のような伝統的絵画に加え、山水画と花鳥画の様式が確立された。

山水画元の時代

北宋の山水画を範とした復古主義の時代であり、文人画の時代であった。

山水画明の時代

明以降は宮廷画家、職業画家、文人画家など、出身地も出自も画風も異なる多数の画家たちが活動した。

山水画清初期の時代

明代の文人画の呉派や董其昌の流れを汲む正統派の画家たち「四王呉惲」や、個性的な画風を持った画家たち「四僧」、金陵(南京)で活躍した「金陵八家」などがいる。

山水画期の時代

江南の商業都市揚州では高度に商業化された市場を背景に、多くの画家が活動していた。

山水画清末期~現代(海上派 京派) の時代

大きな転換期を迎えた中国。その中で画家たちはその中で古典絵画の復興、欧米の美術との融合、中国社会に対峙することで得る表現法と様々な形で自分たちの美術を追い求めた。

山水画清末期~現代(京派 嶺南派) の時代

多くの画家が海外へ留学し、以降中国絵画に大きな影響を与えることになった。

山水画現代(金陵派 長安派 嶺南派 その他)の時代

■文人画
■花鳥画
■人物画
■工筆画

中国美術:書

ここでは主に私どもが実際に目にする機会の多い宋から清の近代の書、拓本について時代の観点から大別して説明します。


清朝の時代

康熙帝、雍正帝、乾隆帝の三代は隆盛期を迎え、帖学派が大成され、碑学派が主流となった時代である。

明朝の時代

初期、最も有名な書家としては、王義之の書法を宗とした三宋二沈(さんそうにしん、三宋は宋克・宋璲・宋広、二沈は沈度・沈粲)が挙げられる。
中期は商業が著しく繁栄し、富を得た新興層が書画を求めたため書画の価値が急騰した時代である。
末期の書家を代表する董其昌は、王義之以来の伝統書法の系譜をベースに、革新的な傑作を数多くのこした。

北宋の時代

康熙帝、雍正帝、乾隆帝の三代は隆盛期を迎え、帖学派が大成され、碑学派が主流となった時代である。

金石学

金石学(きんせきがく)とは、碑文研究の一種で、中国古代の金属器・石刻の上に刻まれた銘文(金文・石刻文)や画像を研究する学問のことをいう。欧州諸国においては碑文学ともいう。

中国美術:中国皇室と宮廷画家の書画

宋~近代の中国皇室と宮廷画家たちが描いた美術品を紹介します。

中国皇室と宮廷画家の書画:北宋

北宋の後期になると宮廷画院に優れた宮廷画家が出てきた。
彼らを管理、管轄し、宮廷画院のすべての決定権を持っていたのは徽宗皇帝で、本人も趙佶という名で活躍した優秀な書画家であった。

中国皇室と宮廷画家の書画:南宋

徽宗皇帝政権は靖康の変で終わってしまったが、北宋後期の朝廷の画院出身の画家たちの大部分は絵画創作の最頂点の時期に南宋の画院に入った。

中国皇室と宮廷画家の書画:

元の時代、宋の時代にあった宮廷画院は廃止され絵画専門の部署は設置されなかった。
しかし、このような状況において元代の宮廷美術がなかったわけではなかった。

中国皇室と宮廷画家の書画:

明代の美術特徴は人物画においては政治のための宣伝として機能し、山水画は南宋の院体を継承したうえで北宋の長所を吸収した。

中国皇室と宮廷画家の書画:

清の時代の特に乾隆帝の時代は政治、軍事、美術文化の最盛期であった。

中国皇室と宮廷画家の書画:愛新覚羅(あいしんかくら)一族

かつて清朝を統治していた愛新覚羅一族は中国統一直後から漢民族の文化、芸術を吸収し発展させた。 現在でも愛新覚羅一族は書画壇で大きく評価されている人が多い。

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