「ムンク展-共鳴する魂の叫び」

先日「ムンク展 -共鳴する魂の叫び」を見に東京都美術館へ足を運びました。
当日は小雨が降り続いていましたが、美術館へ向かう人、出てくる人が常に行きかっており美術館が見える手前からその盛況ぶりが感じ取られました。

今回の目玉展示である「叫び」はムンクの代表作であり世界中でも人気の作品です。
ムンクの叫びは初作であるオリジナルのほかに画家本人によるバージョンと全部で4点あり、彼を世に知らしめた叫びは1893年に制作された油彩で、今回来日中の叫びは1910年制作と言われるテンペラ画です。
実はこの叫び、2004年に同じく彼の代表作の一つである「マドンナ」とともに盗難にあっています。
2006年に無事に見つかりますが盗難による損傷が激しく修復家たちの懸命の努力により完全とはいきませんでしたがこうして展示可能な状態にまで回復されたという激動の歴史を潜り抜けてきたという一品です。
(実は一番初めに描かれた叫びも盗難の憂き目にあっています)

ムンクは大人になるまでに愛する家族の死を経験し、自分自身も不安神経症や被害妄想の中で苦しんでいました。
「叫び」は誇張でもなんでもなく彼の恐怖を直情的に描いた作品で100年以上前に描かれているとは思えないほどみずみずしく襲い来る苦しみと息苦しさと不安を見るものに与えます。
画家になり「叫び」をきっかけにノルウェーを代表する作家となった彼ですが、45歳の時についに自分から精神科へ入院、心身の健康を取り戻します。
ところが彼をむしばんでいた不安の中から生み出されていた、人々の心をとらえて離さない高い芸術性はその不安が消えるとともに姿を消してしまったようで、81歳で亡くなるまで高い評価を得られるような作品はついに生み出されることはありませんでした。
しかし彼自身の人生の幸福を考えるのならむしろその選択は正しかったのだと思います。
そのまま芸術性をとっていたらおそらく早くにその命を散らしていたことでしょう。

苦しみは生きている人間から決して消えることのない感情で、誰にも完全に理解してもらうことは不可能です。
叫びをはじめとする彼の作品からはその苦しみが滲み出ており、もがき苦しんでいるのが自分だけでないという不思議な安心感が得られるのかもしれません。

しかし、平日の雨の日とはいえあの美術館の混雑っぷりには本当に驚きです。今の日本人には芸術を愛でるという気持ちのゆとりがある方が多いのでしょう。本当にうれしいことですね。

(夏樹美術スタッフ H)