皇太子裕仁親王欧州訪問時のリールか。

釣り道具の一部リールと侮るなかれ、ひょっとすると昭和天皇が皇太子時代に使われたものかもしれない、
というお話です。

中国の書掛け軸があるけど買ってほしい、というご依頼でお宅に伺いました。

満州初代総理の鄭孝胥の立派な掛け軸が床の間に掛けてありました。
書にはため書きがありまして、日本人なら誰でも知っている人のため書きであります。
由来を伺いますと、この人の子孫が僕です、と言われびっくりであります。
ただしこの書は母方のほうで父方の方ではありません。父方は毛利の吉川家です、とのことで二度びっくりいたしました。
鎧も相続したけれどそれは今しがた刀屋さんに売りました、と言われ残念な思いを致しました。
実は私は刀剣の鑑定も得意とする分野だったからです。
中国の掛軸を譲り受けながら、ほかに相続されたものはありませんか、とお尋ねしたのですが、もう無い、とのこと。
しかしお金にならないだろう、というものはある、という事で見せていただいたのがこのリールであります。

お聞きしましたら母方のどなたかが、昭和天皇が皇太子の時、大正10年の欧州ご外遊の時の随行員であったとのことで、裕仁親王がイギリスで釣りをされた時のリールだから大事にしろと言われて持っていたもの、との事でした。

私も思い当たることがありましたので譲ってほしいとお願いいたしましたところ、ご主人は歴史から解放されたいので差し上げる、と言われありがたく頂戴いたしました。

さっそく思い当たる本「天皇 児島譲著」の欧州御外遊のページをめくりますと、「スコットランドの2億7千万坪の領地を持つ大豪族、アソール公爵の歓待を受け、エジンバラの城の近くにあるタンメル湖で夜は月光を眺め、昼は庭園を散歩しアソール公爵と清流に釣り糸をたれ・・・・」と書いてあります。
もう少し読んでみるとその時の随行員の一人が鄭孝胥のため書きの人ではないだろうか、という人が出てまいります。

今にしてはこのリールは何も語りませんが、私は信じて大事にして時折眺めております。
それにしても歴史のなんと面白いものか、といつも思います。

余談になりますが、中国南宋時代の宮廷画家馬遠が描いたこの絵画はリールを使った釣り人の絵であります。

(夏樹美術スタッフ N)